『みつくりやまヒコーキ』より (1998年・旧稿です)
『サナイケイト』
サナイはいつも左手を腹の上でゆらゆらさせていた
そういうふうに僕には見えた
軽トラックの荷台で揺られる
サナイはやま一番の羊飼いだ
サナイの羊はよい毛がとれるので
本場ミノカノの国から買いに来る
売るときいつもサナイは云うのだ
「おこがあ、ゆりはずじんだら、はやばいたやうん」
サナイにはひとりのおばがいて
黒い猫のついたフデバコを子どもの時から大切にしている
やさしい人だった
その黒い猫のかわいさを想像するたび
サナイはモノをつくる者に感動する
感動するとわなわな泣いて
おばに教わった言葉をつぶやく
「おこがあ、ゆりはずじんだら、はやばいたやうん」
けれどサナイは酒乱だった
祭りの日には電柱に登った
69歳の春だった
大声で叫ぶサナイの腰に
その日はなぜか結びがなかった
跳んだサナイはみんなの上に落ち
腰をいためて羊飼いをやめた
ミノカノの国の王子が来て
サナイに自分の国へこないかと云った
サナイは蒲団の上で笑って云った
「そろそろ身内のものに着せたいですじゃ」
今でいうと「おこがあ、ゆりはずじんだら、はやばいたやうん」とは、
「あんたの子どもに着せるんやったら分けたげるわい」ほどの意味だそうだ