当時、アステル。昔、ラスカル。

  • 『みつくりやまヒコーキ』より (1998年・旧稿です)



『山のPHS

山の中で考えた
どこまで登ろうか
二日酔いの頭で突然思いついただけで
もうすぐ日は暮れそうだった
この山は去年も歩いたけれど
どこまで登ったかは憶えていなかった
何年も頂上までは登っていない
だから頂上は小学生の頃のままだ
もう一歩歩くと小学生以来の木を見るのかもしれない
もうその木を見ているのかもしれない
僕は少し怖くなって立ち止まり、振り向いた

山の中で僕のPHSは考えた
僕はどっちを向こうか
がさがさと揺すぶられるポケットの中で
僕は父電波も母電波も探せずにいた
こんなことは前もあった気がするが
その感じが残っているだけで思い出せはしなかった
ただ、ものすごく大きなものの下で
ゆさぶられている感じだ

太陽が沈むともうあとは早かった
僕は青い光の中で原付で死んだ友達を思った
冬に入る少し前のことだった
ふたりでこのやまにのぼったのだった
頂上から大きな湖が見えて
夕方の光が水面に映って
その手前で小さな新幹線が交差して
二人で思わず声をあげたのだった
もう一度と思い、次の夏にまた一緒にのぼったのだったが
その時は木が茂って草ぼうぼうで
何も見えない頂上だった
その時の感じを思い出した
頭の中で蝉が鳴いて
ただ、ものすごく大きなものの下で
ゆさぶられている感じだ