You can enjoy loneliness, but you can't live alone

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 多くの、「今のままじゃダメだ」と、孤独を痛切に感じながらも生活しているヒトは、孤独を他者に感じさせないようによそおい、演じるか、孤独をその心の底からの心情を吐露する術をもっていません。家族の中でも、集団の中でも、仲間だよ、と口先だけ云われても、本人は他者との比較だけの空間をつくりあげ、孤独です。
 

 そして、つまるところ、いきつくと反動で、自分の孤独に酔いしれます。そして生きながらも、まるでこの世に存在しないような生きかたに固執します。傷つかなくてすむからです。

 

 他者と比較なく関係をもとうと努力して、失敗しても、失望しても、前に進もうとしてこそ、かろうじて現状維持ができるのです。最初から現状維持を目指す先は、衰退しかありません。

 

 孤独じゃないヒトなんていません。けれども生きるハザマ、ハザマに、「今、自分はヒトリじゃない」と感じれるささやかなヒトトキがあります。そのヒトトキを、行動し探しつづけるしかありません。SNSだけのツナガリを否定はしませんが、たとえ車椅子でも、行動し、移動しなければ、本当の孤独は何も解決しません。

 

 ただ、難しいのは、国交のように、みせかけだけの握手では、何も生まれません。

 

 「電話やメールやSNSじゃ、なんだから、逢って顔つきあわせて、ふれあって話そうか」が、もっと増えればと思います。もしも逢うことが、可能ならば。

 

 僕は今、そう感じます。

 

 ヘッドフォンを外して、何の音かと思ったら、命のあらんかぎり鳴く蝉たちの声でした。