2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧

欲 ヒト・モノ・フウケイ・ソノタ

いつもいつも欲が、満たされて、手に入るかどうかはわからない。 けれど、ヒトやモノやフウケイを、写真に残すことはできる。 部屋の壁にはることはできる。 スマートフォンの待ち受け画面にすることはできる。 カメラは、肖像を大衆のものにした。 僕のもの…

最初の一葉 最後の枝

路上の野草は、場所にかかわらず、意外と元気なことが、多い。 軒先の大事そうに植えられた、鉢植えはほっとかれると、ほとんど枯れそうになっているか、腐っている。 鉢だけが変わらず立派だ。 今は、言葉たらずで、説明できないが、なんとなくそんな気がす…

ジャンクションとギアチェンジ 

完全にやり直しがきかない、という事柄は、あきらめなければ、自分が思っているよりは、意外と少ない。 生きてさえいれば。 怠けごころで、楽なほうを選んだつもりが、立ち向かってみると、返って苦難の連続だったりする。 過去のことに、逃げ込む癖がつくと…

GET THE GLORY

路地裏から路地裏を歩くと、 ヨソイキではない、ハレとケで云えば、ケの剥き出しのヒトとヒトの生活が、 ときどき、かいまみえる。 幹線道路や、自動車がどかどか入ってこれない、その路地裏だけの場の空気。 そのときだけの、かすかなざわめき、またはしん…

アノニマス、アノニマスにめぐり逢い。

アノニマス、 アノニマスにめぐり逢い、 アノニマスの自由と、 久しぶりに空を見上げ、空の高さが、まったくわからない自分を喜ぶ。 名称未設定の朝と夜。 名称未設定のささやかな幸せ。 アノニマス、無色透明の、決して卑屈じゃない謙虚さ。 活きている。

秒刻み

1秒に満たない、シャッタースピードが切られ、その静止画が、 永い永い、栄枯盛衰をみせつける。 カメラは、残酷なものともいえる。

セロトニンカメラ

サボテンは倒れても再生した。 排気ガスに始終さらされながら。 独り座り込むおじさんの憂いも、彼女のもの悲しさも、いつかは消える。 そう思いたい。

ロスタイム5分

時は鐘なり。 稀に金なり。 柿喰え烏よ。 ヒトの思いやりや優しさは、あまりにもありがたく、今は言葉にならない。

レイン・ライン レイン・マン

雨のあとに、残った、 葉の上の水玉のきわのことを、17世紀後半のポルトガルから、レイン・ラインと呼びはじめた。 ということを、勝手に今、独り決めて、麦茶を呑んでいる。 ダスティン・ホフマンさんとは、とくに遠い親戚でもなんでもない。 年賀状のやり…

脳挫傷後遺症

脳挫傷を負って、意識不明、呼吸停止になっても、 今僕が生きているのは、 たまさか、その時期、ターミナルケアの、閉鎖病棟勤務中だったからだ。 路上じゃあ、確実に死んでいる。 運だけじゃかたづけられない、瞬間が、日々の中には必ずある。 今、僕が君に…

観覧車とメリーゴーランド

たった一度きりの長いようで短い人生だから、 僕は君と、観覧車とメリーゴーランドに乗り続けたい。 縦にも横にもぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる回って、 めまぐるしく楽しく苦しく絶え間なく、四方八方を巡って年月を重ねたい。 僕は君と、ゴンドラ…

夜草と夜想の影 陽がのぼるまで evergreen

花が不燃ごみとともに、捨てられた路上。 側溝の網目を、くぐれない不運な夜草。 誰も眼もくれず、スタスタと通り過ぎていくが、夜草が今夜も花を咲かせている。 日々、声もだせず、動くこともできず、静かに、たえまなく根を、枝葉をのばしていく。 ただ、…

オリアイの境界線

生と死のオリアイの境界線 富と貧のオリアイの境界線 君と僕のオリアイの境界線 風と土のオリアイの境界線 水と土のオリアイの境界線 石と土のオリアイの境界線 時と陽のオリアイの境界線 眼と口のオリアイの境界線 草と土のオリアイの境界線 草と家のオリア…

草とコンクリートとアスファルトの片隅で ア、秋

溝のきわを歩く毎日 貴方が傍にいなくなってからも、傍に戻ってきてくれても マスク越しの恋 マスク越しの口論 マスク越しの和解 安心なんて無くなってしまった毎日 貴方が傍にいなくなってからも、傍に戻ってきてくれても マスク越しの叫び声 マスク越しの…

写・楽・せ・い

写楽は、たった10ヶ月活動して、画業をやめ、忽然と姿を消したらしい。 いろんな草の生え方、枯れ方があるように、 いろんな生き方がある。 どうか、自分で自分をせばめるのはやめよう。 歩いてナンボ。

Start 20201012 写真家として生きる。

再び、カメラのシャッターをきるようになって、1年がたつ。 それまでの約5年間ほど、いろいろあって、まったくカメラを手にしなかった。 勿論、写真も1枚も無い。 それが、あくまで僕の場合には、結果的によかった。 今はたまたま、撮影もする職場にいる…

花屋の店先にならぶ昼の花 路上で踏みつけられた夜の草

街燈の下、青々としている。 凛として夜明けを待っている。 あるがままに生きる、身の丈を知っている。

レンズ 絞り開放 または二絞り

10月10日の、49歳の誕生日は偏頭痛で過ごし、偏頭痛で、終わりました。 台風の気圧の変化のせいかもしれません。 お祝いの言葉を頂き、本当にありがとうございます。 この場をかりて、また折をみて、御礼申し上げ申し上げます。 この一年も草葉の影をカメラ…

48+1+草

あと数時間で49歳になる。 台風14号もくる。 雨が降りつづけている。 風はこれからだろう。 日々、刻々と周囲の状況は変わっていく。 街も、ヒトも、自然も。 自分が想像しているより、もっともっと早いスピードで。 いつもそのスピードに乗っかろうと、焦る…

蔓線

大都市の地下鉄路線図のような、 潰れたビルの、むきだしの電気回線のような、 蔓がつくる交差と、まれな接点。 真似することのできない曲線をえがいた、その先。 道を歩くヒトと同じく、接点はまれで、すれちがうことがほとんどの、その先。 蔓は安心して成…

茎と生

茎が折れて、川の流れに葉をさらしても、みずみずしい淡い緑の葉をつけて、 生きている。 痛みをわかちあえる、同種の草はすぐ近くにはいない。 ゴミだらけのドブ川の水面。 まだ生きているという、威厳と誇りをもちつづける草、 ただ、その草をつつみこんで…

行進の中で、立ち止まる。

景色をヒトを想いながら、見るのはいいと思う。 ヒトを景色のように見過ごすのは、見過ごすそのヒト自身を哀しくしていくと思う。 長いようで短い人生だから。 大事な二度とこない一瞬の遭遇の集積だから。 自分から孤独になることはない。 ならないように努…

Back Stage

早く陽が暮れるようになって、 帰り道、街燈とネオンと信号と車のヘッドライトと月あかりに、照らされるばかりの季節になった。 カミテ、シモテの舞台袖に、またブースに、 裏方がいて、はじめて舞台上の生のヒトは、ほんのひととき、光と音につつまれる。

草センパイ、樹木センパイ、これからもアスファルト、コンクリート、フェンスなんてぶち破って生きてください。

この写真の木が、フェンスをぶちぬいて、 路上に顔を出している力強さをみつけて思った。 たとえ、枝葉を伐採されても生きなおしてください。 生物のセンパイとしての、勇気をありがとうございます。 僕も、あきらめません。

ビオトープ 20201004

今や、学校ビオトープなどで ビオトープ - Wikipedia 日常会話にでてくるが、環境や生物学の分野で、ビオトープという概念を、最初に日本に紹介し、そののちも、普及活動に懸命につとめたのは生物学者の義父だった。惜しくも亡くなった。認定NPO法人自然環境…

バカボンのパパ

伝えたいことを、言語化できるなら、わざわざカメラという異物を構えて、写真を撮ることはないわけで、 記録の意義とは別の、そのときの感覚または感情の発露の、 台詞もト書きも筋書きもない一枚が残る。 彼氏、夫が撮った彼女、妻の写真。 彼女、妻が撮っ…

中秋の名月だった。

とどまって庇う壁になるもの。 まっさきに征くもの。 逃亡するもの。 月をみながら、そんなことを思った。

99個の風船と99人のヒトと99本の鉄骨と99本の草 

10月1日 離れて暮らす息子、お誕生日、本当におめでとう。 それしか、云えない。 またスタートラインだ。君の。